この記事の内容
起業のやり方を調べると、手続きの話がまず出てきます。書類、届出、口座、税金。どれも必要なものですが、手続きを終えても、売るものと売る相手が決まっていなければ事業は始まりません。この記事では、手続きや税務の判断には立ち入らず(そこは税理士などの専門家に確認してください)、個人が起業するときの事業としての準備だけを順番に書きます。誰に何を売るのか、いくらで売るのか、最初の客をどこから探すのか、そして一人のまま続く形にどう組むのか。個人ならではの進め方に絞りました。
この記事について
書いているのは、作る側です。ハコブネを運営する株式会社Walkersは、受託と自社事業で累計300件の開発に関わり、200社以上の事業づくりを支援してきました。監修は取締役の池田龍一です。
一般論ではなく、実際にやったことの中身で説明します。この記事に出てくる数字は、すべて公開済みの自社・支援先の事例から引いています。出典は記事の最後にまとめました。
個人の起業は、手続きより先に「事業の形」を決める
個人で起業するとき、最初にやるべきことは何かと聞かれたら、事業の形を1行で書くことだと答えます。手続きは、その1行が決まってから進めても間に合うことがほとんどです。
なぜ順番が大事かというと、手続きは「やった実感」が強いからです。書類を出すと、前に進んだ気持ちになる。ところが、売るものと相手が決まっていなければ、翌日にやることは何も増えていません。進んだ気持ちになれる作業ほど、本当に必要な判断を後ろに追いやります。
個人の起業には、会社の新規事業と違う性質が2つあります。1つは、決めるのが自分だけで終わること。稟議も合意形成もないので、決めたその日に着手できます。もう1つは、止めてくれる人もいないこと。だから、進んでいるかどうかを判定する基準を、自分で置いておく必要があります。
なお、開業のタイミング、届出、税金の扱い、社会保険の扱いは、状況によって答えが変わります。ここでは判断を書きません。制度にかかわる判断は、税理士などの専門家に自分の状況を伝えて確認してください。
決めごと1:誰に何を売るのかを1行で書く
最初の決めごとです。「誰の、何の困りごとを、どう解決して、いくらで売るのか」を1行で書けるかを確認します。
書けないときは、たいてい相手が広すぎます。「中小企業の経営者」は相手ではありません。「10人前後の会社で、月末に通帳と表計算を目で照合している経理担当」まで狭めると、会いに行ける人になります。狭めると市場が小さくなるように感じますが、個人の場合、会社の基準では小さすぎる規模が、そのまま成立することがあります。
つかさ(渡邊敦司)はXで、Who・When・What・Where・How・Whyを埋めると新規事業のコンセプトになる、と書いています。毎回ゼロから考えると決めるたびに体力が減るので、埋める枠を持っておくと作業が短くなります。
書き出すときは、自分の手持ちから始めるほうが速い。つかさは、手持ちの資源から始めるエフェクチュエーションの考え方が自分の起業プロセスに近いとも書いています。前職で繰り返してきた作業、人から相談されてきたこと、毎日見ている現場の面倒、すでに連絡が取れる相手。この4つから引くと、確かめに行くまでの距離が短くなります。
決めごと2:価格は「続けられるか」から決める
次が価格です。個人の起業で最も後回しにされ、そして最も後から効いてくる判断です。
決め方には方向が2つあります。相場から決める方法と、自分が続けられる条件から決める方法です。個人の場合は後者を先に置くほうが機能します。理由は単純で、自分が消耗する値段で受けた仕事は、続かないからです。続かなければ、安く受けたこと自体が相手にとっても損になります。
考える順番はこうです。
- その提供に、自分の時間が何時間かかるか(最初は多めに見積もる)
- 月に何件まで受けられるか(生活と本業の残り時間から逆算する)
- その件数で、必要な収入に届く単価はいくらか
- その単価で、相手が払う理由を説明できるか
4つ目で詰まるなら、単価を下げるのではなく、提供する範囲を変えるほうがいい。作業を受ける形から、決め方を一緒に考える形へ範囲を広げると、同じ時間でも値段の説明が変わります。
値付けの形そのものを設計する手もあります。Walkersの自社サービスHP Answerは、ヒアリングシートだけで打ち合わせ0回、48時間以内に初稿を3パターン出す形で、制作費0円・月額4,900円という値付けです。初期費用をなくして月額に寄せる形は、買う側から見ると止められる支出になります。買いやすさは、金額の安さだけで作るものではありません。
決めごと3:最初の客は、いま連絡が取れる範囲から探す
3つ目です。個人の起業でいちばん差が出るのは、ここだと思います。
集客の方法を先に考える人が多いのですが、最初の1件は、たいてい広告からは来ません。来るのは、すでに自分を知っている人か、その人からの紹介です。だから最初にやるのは、いま連絡が取れる相手のリストを書き出して、1行で書いた提供内容を持って話しに行くことです。
話しに行くときは、売り込みではなく確認の形にしてください。聞くのは将来の意向ではなく、過去の行動です。
- 同じ困りごとが最後に起きたのはいつか、そのとき何をしたか
- 何と何を比べたか、最後の決め手は何だったか
- いくら払ったか、誰が払う判断をしたか
- いま何かで代替しているか、やめたなら理由は何か
「買いますか」と聞くと、ほとんどの人が社交辞令で肯定します。過去の行動を聞くと、ここが崩れません。
話しに行った結果、想定が外れることは普通に起きます。サカチムプラス(個人が運営していた「サカチム」の有料版)は、当初は検索サイトの強化が想定されていましたが、対話を重ねるなかで「チーム専用ホームページの質」を上げる方向へ変わり、配色を100種類実装する形になりました。既存のサカチムには164チームが登録しています。外れたときこそ、話しに行った価値が出ています。
決めごと4:一人で続く形に組む
4つ目は、続け方です。始めるときの設計が、そのまま半年後の忙しさを決めます。
見るのは、客が増えたときに何が壊れるかです。「客が10倍になったとき、自分の作業時間は何倍になるか」と自問してください。10倍になるなら、単価か提供の形のどちらかを先に考え直したほうがいい。時間を売る形で始めること自体は問題ありませんが、その場合は「週に何件まで」という上限を先に決めておきます。
もう一つ、個人には固有の弱点があります。進んでいるかどうかを、誰も判定してくれないことです。会社なら上司や会議が良くも悪くも判定しますが、個人にはそれがありません。作業した時間だけが積み上がり、前に進んだかどうかが自分でも分からなくなります。
対策は2つです。先に合格ラインを書くこと。 2026年8月のハッカソンで作られた記録アプリのBENLOGは、確かめる仮説を「うんちを育てるためなら、人は毎日トイレを記録するのか」の一点に絞り、合格ラインとして7日後の継続率40%、30日後20%、1日平均3.5件を置いていました(これは検証前に置いた目標値で、実測値ではありません)。数字の水準より、作る前に線を引く順番のほうが真似できます。
もう一つは、途中経過を話せる相手を1人持つこと。 解決策をくれる人である必要はありません。前提から説明しなくても話が通じる相手がいないと、だんだん誰にも話さなくなり、判定がないまま時間だけが過ぎます。
決めごと5:小さい数字を失敗と読み違えない
最後です。個人の起業は、始まった瞬間の数字が必ず小さい。その小ささを失敗と読むと、続いていたはずのものを自分で畳んでしまいます。
高福合同会社のツナガルは、会員システムをLINE公式アカウントと連携させて1ヶ月で開発し、開始から約2ヶ月で会員12名・LINEの登録が約60名になりました。12名は、会社の新規事業なら報告資料に載せにくい規模です。ただ個人の事業としては、毎月の提供が回り始めている状態を示しています。
見るべきは規模ではなく、繰り返しがあるかどうかです。同じ人がまた買ったか、次の月も続いたか、紹介が起きたか。この3つのどれかが起きていれば、小さくても形になっています。
そして、早く出すこと自体が効きます。2026年8月23日のハッカソン(東京・目白台+オンライン、少人数の回です)では、開発が初めての人や事業を持っていない人を含む参加者全員が4時間弱でプロダクトを完成させて発表しました。生まれたのは5本(参加者3本・運営2本)で、開発未経験の参加者が受賞しています。アンケートに答えた3名は、満足度が全員10点満点でした。4時間弱で出せるものは当然粗いですが、粗いまま人に見せた時点で、頭の中の想定が他人に確かめられる形に変わります。
よくある質問5選
質問1開業届はいつ出せばいいですか。
提出の時期や必要性は状況によって変わるため、この記事では判断を書きません。税理士などの専門家に自分の状況を伝えて確認してください。事業としての準備という意味では、届出を待たずに、誰に何を売るのかを1行で書くところから進められます。
質問2会社員のまま個人で起業の準備をしてもいいですか。
就業規則や競業の扱いは会社ごとに違うので、まず勤務先の規程を確認してください。そのうえで進め方の話をすると、使える時間が限られるぶん、確かめる問いを1つに絞る効果は勤めている人のほうが大きいです。週に使える時間を先に実測して、その時間で終わる大きさに区切ってください。
質問3資金がほとんどありません。始められませんか。
金額の多寡より、確かめる形をどこまで小さくできるかが効きます。人に会う、既存のサービスを組み合わせて試す、手作業で提供してみる、といった方法は大きな資金を前提にしません。ただし生活費をどこから出すかは事業とは別の問題なので、切り離して先に決めておいてください。
質問4価格を安くして最初の実績を作るのは有効ですか。
実績を作る目的で一時的に下げる判断はあり得ますが、続けられない値段で受けると、提供の質が落ちて相手にも損が出ます。下げるなら期間や件数を区切り、通常価格を先に決めたうえで例外として扱ってください。安さ以外に買いやすさを作る方法もあります。
質問5一人で進めるのがつらくなってきました。
個人の起業でいちばん効くのは、途中経過を話せる相手を1人作ることです。ハコブネは月額4,980円(税込・入会金と解約金は0円)で、Discordでのやりとりのほか、10分の個別メンタリングや定期報告会、イベントがあります。1DAY新規事業立ち上げイベントは会員が参加費無料、一般は3,000円で、次回は2026年9月19日と10月18日です。外に締切と聞き手を置く手段として使うと、抱え込む部分が減ります。
この記事で触れた事例の出典
最終更新:2026年9月16日
