この記事の内容
新規事業の進め方として世に出ている情報は、そのほとんどが会社の中で動かす前提で書かれています。稟議、予算、体制、社内合意。個人で始める人がそれを読むと、自分に当てはまる部分と当てはまらない部分が混ざったまま頭に入ってきます。この記事では、まず個人の新規事業と会社の新規事業では、決裁・予算・撤退・時間の4つが根本的に違うという整理を置き、そのうえで個人ならではの強みと弱みを踏まえた進め方をまとめます。会社員のまま始める人にも、独立してひとりで動いている人にも、共通して効く部分だけを残しました。
この記事について
書いているのは、作る側です。ハコブネを運営する株式会社Walkersは、受託と自社事業で累計300件の開発に関わり、200社以上の事業づくりを支援してきました。監修は取締役の池田龍一です。
一般論ではなく、実際にやったことの中身で説明します。この記事に出てくる数字は、すべて公開済みの自社・支援先の事例から引いています。出典は記事の最後にまとめました。
個人の新規事業は、会社の新規事業と別物として扱う
新規事業という言葉は、会社の中で使われるときと個人が使うときで、指しているものがかなり違います。会社の新規事業は、既存事業の外側にもう一本の柱を作る仕事です。個人の新規事業は、多くの場合、自分の時間と経験を別の形の収入に変える仕事です。
目的が違えば、正しい進め方も変わります。会社では、規模が小さすぎる案は最初の段階で落とされます。柱にならないからです。一方で個人の場合、会社なら小さすぎて通らない規模の案が、そのまま成立することがあります。判断の基準そのものが違うので、社内新規事業の教科書をそのまま当てはめると、始める前の段階で自分の案を自分で落としてしまいます。
逆に、会社のやり方から借りるべきものもあります。何を確かめるかを先に決めること、期限を置くこと、やめる条件を書いておくこと。この3つは、規模に関係なく効きます。借りる部分と捨てる部分を、最初に分けておいてください。
会社との違いは、決裁・予算・撤退・時間の4つ
違いを4つに分けて置きます。それぞれ、効いてくる方向が逆です。
- 決裁。 会社では、動く前に人を説得する時間が要ります。個人は、自分が決めた瞬間に着手できます。速い代わりに、止めてくれる人もいません。
- 予算。 会社では、通れば数百万円が動きます。個人は、使えるのは自分のお金と時間だけです。その代わり、誰にも使途を説明しなくていい。
- 撤退。 会社では、やめる判断に別の決裁が要ります。個人は、黙ってやめられます。だからこそ、やめたのか休んでいるのかが自分でも曖昧になります。
- 時間。 会社では、新規事業は業務時間の中にあります。個人は、既存の生活を削って捻出します。ここがいちばん重い制約です。
この4つのうち、個人にとって本当の制約になるのは予算ではなく時間です。お金を使わない進め方は工夫で作れますが、1日の残り時間は増やせません。だから、個人の新規事業の設計は「いくらかけるか」より「何時間で一周を終えられるか」から組み立てたほうが現実に合います。
個人の強み:決めるのが速く、小さくても成立する
まず、強みのほうから見ます。使わないともったいない部分です。
1つ目は、方向転換が速いこと。 個人が運営していたサッカーチーム向けサービス「サカチム」の有料版として作られたサカチムプラスは、当初は検索サイトとしての強化が想定されていました。それが対話を重ねるなかで「チーム専用ホームページの質」を上げる方向へ変わり、配色を100種類実装する形になっています。既存のサカチムには164チームが登録しています。会社であれば、方向を変えるたびに説明と合意の工程が入ります。個人は、納得したその日に変えられます。
2つ目は、小さい数字でも成立すること。 高福合同会社のツナガルは、会員システムをLINE公式アカウントと連携させて1ヶ月で開発し、開始から約2ヶ月で会員12名・LINEの登録が約60名になりました。12名という数字は、会社の新規事業なら報告資料に載せにくい規模です。ただ個人の事業としては、毎月の提供が回り始めている状態を示しています。
3つ目は、自分の困りごとをそのまま題材にできること。 1952年創業・高田馬場の一番飯店(スタッフ4名)は、紙伝票とトランシーバーで回していた注文をノーコードのオーダーシステムへ移しました。ベータ版までは2週間、オーダーにかかる労力は約50%削減されたと依頼者が話しています(体感値です)。導入から約2年、今も使われています。自分か身近な人が毎日困っていることは、需要があるかどうかを確かめる手間がいちばん小さい題材です。
個人の弱み:判定してくれる人がいない
次に、弱みです。強みの裏返しになっているものが多い。
進んでいるかどうかを、誰も判定してくれません。 会社なら、上司や会議が良くも悪くも進捗を判定します。個人にはそれがないので、作業した時間だけが積み上がり、前に進んだかどうかが自分でもわからなくなります。これはやる気の問題ではなく、判定基準を置いていないことから起きます。
手が一組しかありません。 作る、売る、届ける、直す。会社なら分担できるものを、全部自分が順番にやります。同時に2つは進みません。だから、やることを増やす判断より、今週やらないことを決める判断のほうが効きます。
やめたのか休んでいるのかが曖昧になります。 撤退の決裁がない分、静かに止まったまま何ヶ月も経つことがあります。終了を宣言しないと、次も始まりません。始める前に「この日までにこうならなければ畳む」と書いておくと、期限が来たときの判断が事務作業になります。
相談相手がいません。 前提から説明しないと話が通じないので、だんだん誰にも話さなくなります。解決策をくれる人でなくていいので、途中経過を聞いても呆れない相手を1人確保しておくと、消耗はかなり減ります。
個人での進め方:一周を数週間で区切る
ここまでを踏まえた進め方を並べます。順番が大事です。
1.手持ちのものを書き出す。 ゼロから市場を探すより、すでに持っているもの(経験、顧客、人脈、毎日見ている現場)から始めるほうが速い。株式会社Walkers代表のつかさ(渡邊敦司)は、手持ちの資源から始めるエフェクチュエーションの考え方が自分の起業プロセスに近いとXで書いています。条件が揃うのを待つほど、始めるまでの期間だけが伸びます。
2.確かめる問いを1つに絞る。 複数の問いを同時に確かめようとすると、どの作業が効いたのかが判定できません。2026年8月のハッカソンで作られた記録アプリのBENLOGは、確かめる仮説を「うんちを育てるためなら、人は毎日トイレを記録するのか」の一点に絞り、合格ラインとして7日後の継続率40%、30日後20%、1日平均3.5件を置いていました(これは検証前に置いた目標値で、実測値ではありません)。数字の水準より、先に合格ラインを書いてから作り始めるという順番のほうが再現できます。
3.コンセプトを埋める枠を持つ。 つかさはXで、Who・When・What・Where・How・Whyを埋めると新規事業のコンセプトになると書いています。毎回ゼロから考えると、決めるたびに体力が減ります。埋める枠があると、決める作業が短くなります。
4.出す日を先に決める。 入れる機能を決めてから期限を置くと、機能は無限に増えます。期限を置いてから機能を決めると、自動的に削れます。Walkersの自社サービスPrompt Labは構想からベータ版公開まで3週間でした。一番飯店のベータ版までは2週間です。長さをそのまま真似する必要はありませんが、順番は真似できます。
5.粗いまま人に見せる。 2026年8月23日のハッカソン(東京・目白台+オンライン、少人数の回です)では、開発が初めての人や事業を持っていない人を含む参加者全員が4時間弱でプロダクトを完成させて発表しました。生まれたのは5本(参加者3本・運営2本)で、開発未経験の参加者が受賞しています。アンケートに答えた3名は、満足度が全員10点満点でした。4時間弱で出せるものは当然粗いですが、粗いまま見せた時点で、頭の中の問いが他人に検証可能な形になります。
よくある詰まりどころ
- 会社のやり方をそのまま持ち込む。 事業計画書を先に完成させようとすると、着手が数ヶ月遅れます。個人の場合、計画の精度より、一周した回数のほうが情報量が多いことが多いです。
- 時間の見積もりを甘く置く。 本業や生活の残り時間は、思っているより少ない。週に使える時間を先に実測してから、区切りの長さを決めてください。
- やめる条件を書かない。 書かないと、やめられないまま静かに止まります。金額でなく、申込数・返信数・続けて使った人数といった行動の件数でも構いません。
- 相手を決めずに作る。 名前と顔が浮かぶ相手が10人いない企画は、作る前に相手を探すほうが結果的に速い。
- 一人で全部抱える。 抱えないでいい部分(判定してもらうこと、締切を他人と共有すること)を先に外に出すと、残りに集中できます。
よくある質問5選
質問1会社員のまま個人で新規事業を始めても大丈夫ですか。
就業規則と競業の扱いは会社ごとに違うので、まず自分の勤務先の規程を確認してください。そのうえで進め方の話をすると、使える時間が限られるぶん、確かめる問いを1つに絞る効果は会社員のほうが大きいです。週に使える時間を先に実測し、その時間で終わる大きさに区切ってください。
質問2個人だと、どのくらいの規模の案から考えればいいですか。
規模から入らないほうが進みます。会社の基準で見れば小さすぎる案でも、個人の事業としては成立することがあります。判断の順番は、規模を見積もるより先に、自分がいちばん早く一周を終えられるかどうかで選ぶほうが速いです。
質問3アイデアに競合がいたら、やめたほうがいいですか。
つかさはXで「検討中の新規事業に競合がいた時の反応 普通の人:やっぱやめとくか... BizDev:やったー市場がある!!」と書いています。競合の存在は、その困りごとにお金が払われている証拠でもあります。見るべきは競合の有無より、その競合が取りこぼしている相手が自分の手の届く範囲にいるかどうかです。
質問4開発の経験がなくても始められますか。
誰でも成功するとは言えませんが、開発経験の有無が最初の関門になるとは限りません。2026年8月のハッカソン(少人数の回)では、開発が初めての人を含む参加者全員が4時間弱で形にして発表し、開発未経験の参加者が受賞しています。最初に必要なのは技術の習熟より、確かめたい問いを1つに決めることのほうです。
質問5相談相手がいないまま進めるのがつらいです。
個人の新規事業でいちばん効くのは、途中経過を話せる相手を1人作ることです。解決策をくれる人である必要はありません。ハコブネは月額4,980円(税込・入会金と解約金は0円)で、Discordでのやりとりのほか、10分の個別メンタリングや定期報告会、イベントがあります。外に締切と聞き手を置く手段として使うと、抱え込む部分が減ります。
この記事で触れた事例の出典
最終更新:2026年9月16日
